はじめに
2006年度から始まった社会システムデザインプロジェクト(以下:プロジェクト)の研究テーマである「地域であんしんして暮らす」ことにおいて、これまでいくつかの実践などを交えた研究調査を進めてきた。
2007年度からは具体的に多摩ニュータウン諏訪・永山地域を研究対象モデル地域とし、2008年度からは地域内に研究拠点を設けて、地域の中であんしんして暮らすための仕組み作りの検討を続けてきている。
これまでは主に医療・看護・介護・生活支援サービスを中心としたITを活用してのシステムづくりが進められてきたが、その研究過程において、医療・看護・介護・福祉等のサービス利用者の「住まい」の部分に関する課題が浮かび上がってきた。
実際に多摩ニュータウン諏訪・永山地域では、一人暮らしの高齢者が、介護やサポートが必要な状況になっても住居である団地の一室に住み留まり、低層階や介護支援を受けられる住居等の適した住まいへ移ることが、経済的な理由などから出来ないといった事例が多々ある。
各種サービス利用者が、どこに“終の住まい”と呼ばれる最期の住居を探し出し、あんしんしてその住居・地域に暮らすかは、解決すべき課題のひとつになっている。
この課題は多摩ニュータウンに限ったことではなく、全国のニュータウンや大規模な集合住宅地でも同様の課題を抱え、様々な検討がなされてきている。
特に、在宅医療や在宅介護などの分野において、提供サービスの制度・運営に関する研究だけではなく、在宅医療・在宅介護サービス利用者の“宅(住居)”の部分をいかに考え、今後、在宅医療・在宅介護サービス利用者の“宅(住居)”の部分に関する課題に、どのように対応し改善や取り組みを行っていくかは、その地域に暮らす人々があんしんして暮らす地域を創るためには重要な課題であるといえる。
この課題の解決のために、以下のような視点で検討を進める。
・高齢になっても介護を必要としない時期には自宅で過ごせるが、いざ介護が必要となったときの居住をどうするか。
・「ライフステージに合わせた第三者から高齢者への居住支援」をどう考えるか。
この視点は、近年「地域居住」という言葉でよく表現される。
しかしその「地域居住」の視点に、プロジェクトが一貫して行ってきた地域に存在する関係機関の連携の仕組み、言い換えれば、社会システムデザインが介在していることは少ない。
本稿で述べる第三者から高齢者への居住支援は、プロジェクトが進めている「地域あんしんセンター」構想の機能の1つであり、地域あんしんセンターを通じて医療・看護・介護・生活支援などの各種サービスと連携を行うことで、生活者にとって地域に住み続ける上でのあんしんを補完するものである。
なお本研究は2009年度から取り組み始め、現在進行中の計画である。
よって本稿では研究の概念について述べるに留める。
居住支援システムの現状と課題
△ 表1 日本における施設種別とサービスの付帯のさせ方
出典:在宅医療点数の手引き 診療報酬と介護報酬 2008年度改定版)
△ 図2 ライフステージに合わせた居住支援・転居支援システムの概念
例えばある人が歳をとり、高齢化した夫婦のみとなる、または配偶者の死亡、離別等の原因により単身高齢者となった場合に、介護支援を受けられる住居に引っ越しをする。
しかし、現状では、その転居先を自分もしくはその家族が探さなければならない。
この時には生活者本人が収集した情報や、不動産業者からの紹介による情報を一般的な判断材料とするが、“かかりつけ医”のような“なじみの関係”をもった相談窓口が、その情報収集等の転居にかかる一連の作業を代行してくれることはなく、必要時の一回限りの情報となる。
精神的負担を避けることを前提に、環境変化の少ない生活を送れるよう、本人やその家族らは現在の居住地周辺の不動産を探すなどに様々な努力をする。
しかしその努力が実を結ぶことは現実には稀であり、多くはそれまでの住み慣れた地域から“縁”を持たぬ他の地域への転居を余儀なくされる。
そしてそれまでの地域で築いてきた“なじみの関係”は断たれることになる。
これは日常的に会っていた友人やなじみの商店、施設との関係が断ち切られ、関係が終わることを意味することの他に、それまで長きにわたり“なじみの関係”となった医師や介護関係者・地域包括支援センターの職員や民生委員といったものとの関係が断ち切られて終わることまでをも意味する。
その他にも精神的な部分では、“なじみ”の公園・神社・仏閣など慣れ親しんだ散歩コースや、趣味の家庭菜園などもある。
この、それまでの“なじみの関係”が一気に断たれてしまうことを防ぐため、同一地域内での住み替えが行われていくことは、“あんしんして暮らす”といった視点からも生活者、特に新たな関係を築きにくい高齢者にとっては理想であるといえる。
この高齢者が縁を持たぬ他の地域へ突然転居することが起こす問題に、現実に直面し、その問題から発生する様々な課題が存在する場所のひとつが多摩ニュータウン諏訪・永山地域の都営住宅である。
特に、経済的な理由などから他の地域より都営住宅に転居して来た低所得者層に属する高齢及びその予備世代の単身者が、介護やサポートが必要な状況になった時の“終の住まい”をいかに確保するかは、現在早急に検討を要する重要な課題である。
さらに、多摩地域に限らず、急速に高齢化が進行しつつある日本社会全体においても、低所得者層に属する高齢単身者が抱える“終の住まい”にかかる問題は、同様に早急な検討を要する重要な課題であるとも言えよう。
上記の問題が存在する一方で、住居の選択という部分を考えた時に、高齢者に限れば、現実には日本では実に様々な選択肢がある。
しかし選択肢が多いため、本人が判断するには複雑すぎ、自身がどこに適しているのか、また今後のライフステージや身体機能の変化に応じてどのように住居の問題を自主的に考えていけばいいのかなどを、介護当事者となる本人が自ら相談出来る行政または民間の窓口は少ない。
本来であれば地域包括支援センターのソーシャルワーカーなどが担う部分ではあるのだが、表1のようなサービスの付帯と住まいを照らし合わせて適切な情報提供を出来る細部まで熟知した専門員は、その制度の複雑さから少なく、当事者本人が自身に適した住まいを見つけたいという要望に十分な対応が出来ていないのが現状である。
ライフステージに合わせた第三者から高齢者への居住支援システムは、上記の地域社会が抱える課題解決の一方法となり得ると考えている。
そして地域在住の高齢者に対する居住支援を、行政と、様々な医療・看護・介護・生活支援のサービスを行う公共や民間の組織、そして実際に高齢者向けの支援サービスを利用する当事者との三者間に、「地域あんしんセンター」が立って行うことは、地域在住の生活者によりよい“あんしん”を与える重要な機能になると考えている。
事例研究:デンマーク
△ 表3 デンマークの高齢者の住まいの建物名称での分類
※ 現在新築は行われていない
プロジェクトにおいては初期から、北欧・デンマークに注目をして数々の調査研究を行っている。
デンマークに着目した理由は、日本にすでに知られているように福祉分野において世界の中でも優れた国の1つであるということに加え、筆者自身がデンマークに居住していた経験から研究調査を行える条件に恵まれていたことがある。
これまでの研究を踏まえて、高齢者の“住居”という部分に視点を置くと、デンマークでは行政改革により1970年代に大規模な制度改革を行い、高齢者向けの施設建設を廃止して以来、高齢者居住の場は自宅か高齢者向け住宅に限られていることが分かった。
デンマークにおける高齢者の住居は、その住まいの形態・文化から、都心部の3階建て程度のアパートメントで独り暮らしか、高齢者にとって生活しやすいように設計された集合住宅、そしてプライエボーリ(plejebolig)と呼ばれる24時間の介護体制のある高齢者専用集合住宅となる。
その状況を、建物名称で分類してみると表3のようになる。ちなみに70年代の制度改定後も、制度改定以前の建物をそのまま利用している場合は、その物理的形状は外から見ると高齢者施設のように見える。
そのため表3では施設と分類しているが、実態は介護付き高齢者専用集合住宅と同じものである。
ただ、デンマークではこのような高齢者に適した専用の住居が整備されてはいるが、住み慣れた自宅での自立した生活を望む高齢者が大半であり、現に8割以上の高齢者は自宅での生活を行っている。
そのため行政の高齢者に対する支援は、高齢者が単独で自宅に住み、独立した生活を続けることを前提に提供されている。
この背景には、デンマークでは日本と違い10代の頃から親元を離れて生活する場合がほとんどであり、親元から独立して以降、親との同居や生活費を家族に頼るという日本に多く見られる習慣は少なく、一旦親元を離れたらその生活のほとんどを自己の責任と判断で行っていくため、就職や進学など社会において自身の考えを実行に移す際の決断(選択)力と、それに伴う覚悟や責任が若い頃から備わっている、といった文化・風習も大きく影響している。
また選択・決定を行う際に参考になる相談や議論の場も日常生活や地域の中に多くあり、社会生活においては常に本人の意思が優先され、高齢者に関して言えば高齢者向け集合住宅や介護付き高齢者専用集合住宅への転居も自身で意志決定をする。
日本のように家族の意見が介入し本人の意向を無視したまま全ての物事が進むことはほとんどない。
また、デンマークでは行政が扱う地域の医療・介護・看護・育児支援等のサービスが相互に連携しており、高齢者を含む地域住民に対する住居に関する支援も、生活支援の一貫として、医療・介護・看護の情報に関するサービスと併せて、行政から提供されている。
さらにその実現に向けて、現在デンマークでは個々の住民の生活に応じた適切な行政サービス情報を住民が得る方法の一つのツールとして、ITを利用した電子政府化を進めている最中である。ポータルサイト「Boger.dk」(www.boger.dk)などを利用した住民サービスの提供などもその一環であり、現在すでに試験運用が行われ、2012年にポータルサイトは完成する予定である。
しかしこの構想を進めるにあたり、デンマークではポータルサイトや電子メールを通した「インターネット」だけに集中して整備を進めることはなく、従来どおりの方法である住民と公共サービス提供者が直接言葉を交わして意思疎通を図る「電話」や、直接当事者が顔を合わせ直に話し合う「役所の窓口」も同時に整備が進められ、3種類の方法を併用して、サービスの提供者である地方公共団体とサービスの利用者である住民を、従来以上に密に繋ぐという方向性を掲げている。
ITの活用だけに特化すると言ったことをせず、行政や組織とサービス利用者である住民との間の複数の意思疎通手段に優劣を設けない。
どの手段であろうと個々に応じた最善かつ適切な処理を行うという認識のもとに、制度の整備が行われている。
前述の公共団体によって提供されるデンマークの高齢者の居住の場が単純化されていることは、利用者(選択者)が住居の選択を行う際にその特色・個性が明確であり、選択がしやすい。
この選択肢の明確さは、住み替えを考える側にとっては便利であり、相談窓口などでは本人の状況に合わせた選択肢を提示・提案することが容易であるということも意味している。
そしてそれを支える、サービス利用者自身の健康・資産等の状態を気軽かつ手軽に常時相談出来る行政の支援体制や、各分野がそれぞれの行政機関が縦割りではなく、相互に連携を取れる横串の通った社会制度が存在することで、より有意義に生活者にとって“あんしんして暮らす”ための環境が整備されているのである。
これらデンマークの社会制度の事例は、日本の高齢社会が抱える住まい方の問題解決を探る上で参考になる部分が多いと思われる。
しかしデンマークの社会制度の優れている部分だけを日本の社会のシステムにそのまま取り入れて日本の社会で用いることは、文化・風習などの社会背景が違う中では適用が難しく、前述した問題の解決に繋がることにもならない。
そこで、日本の社会に暮らす人々が、一生涯を通し住み慣れた地域であんしんして暮らすための仕組みを考えていくために、今後のデンマークの事例研究においては、デンマークと日本の両国の制度をより深く分析・比較検討しながら、多角的な視点での調査が必要であると考えている。
その一例であるが、デンマークの高齢者の居住の場において、物理的形状では確かに日本で言う“高齢者施設”を撤廃しているとされているが、表1のような高齢者に対するサービスの付帯と住まいという部分から居住の場を見ていくと、表3のように単純な分類になるのかどうかは現段階では定かではない。
この分類から見ていくと、実際にはデンマークの高齢者の居住の場も、日本の高齢者の居住の場と実のところはそれほど変わらないという可能性もありうる。
そのため、制度によるサービスの付帯による居住の場の実態などを正確に把握するなど、今後もより深い追究をしていきたいと考えている。
今後の展望
ライフステージの変化(年齢や入れ替わりによる家族形態の変化など)とともに変遷する居住環境に対し、生活者が同一地域内での転居を行う際に、「地域あんしんセンター」が生活者を取り巻く地域の事情に通じ、その生活者が属する地域が持つ公的及び民間の住民サービスに関する適切な情報を持ち、相談業務や支援を行うことは、地域にとっても生活者にとっても利点が多い。
転居による地域社会の住民相互の関係や縁の断絶を防ぐといったことはその一例である。住み替え支援により地域社会の住民相互の関係や縁の断絶を防ぐことは、一か所の住み慣れた地域で、多くの不安を抱えることなく、あんしんして長い期間にわたって暮らすための重要な要素の1つであると言える。
上記のことを念頭に置き、現在プロジェクトでは「地域あんしんセンター」の計画と、その一機能として「ライフステージに合わせた第三者から高齢者への居住・転居の支援を行う仕組みづくり」の検討を行っており、多摩ニュータウン諏訪・永山地域において理念に基づいた実践を進めているところである。