概要
所在地:リングステッド市(デンマーク)
用途:戸建住宅
用途地域:住居地区(Lokalplanによる規制があり)
敷地面積:900u 建築面積:150u
構造・階数:レンガ造、1階平屋
設計・監理者:小山 展宏
施工者:Hammerhuset
設計期間:2005年11月〜2006年4月
施工期間:2006年8月〜2007年3月
[仕上げ]
屋根:瓦葺き
外壁:レンガ
内部:レンガの上、モルタル仕上げ
設計について
- △ リングステッド市の位置
- △ 計画敷地の位置
- △ 平面図
- △ 計画地域のLokalplan
- △ 住宅外観(南面)
- △ 施工の様子
- *1)Hammerhuset <http://www.hammerhuset.dk>
本設計は2005年10月に東京に暮らす設計者がデンマークに暮らす友人の施主夫婦から依頼を受けた。敷地は首都コペンハーゲンより南西へ約60km離れたRingsted [リングステッド]コムーネ(市)にある新興住宅地であり、付近一帯では大規模な住宅や施設の建設が行われている。
ちなみに設計者が個人として行う実務設計は国内外を含めてこれが初めてとなる。設計者は2年間のデンマークでの居住経験を持つが、両国での建築設計に関する一般的な知識はあっても実務となると多くのことが異なってくるため、設計に関してはデンマークにおいて住宅等の設計経験を持つ都内在住の建築家・藤森修氏より数々のアドバイスを得て行っていった。
また設計者は東京に在住のため、デンマークに暮らす施主との話し合いにはeメールやFAX、電話を使用し、基本設計を進めていった。
2006年2月〜3月にかけて設計者は現地コムーネへの図面の提出申請と、施工会社の選定のためにデンマークへ。施工会社は最終的に施主が希望したHammerhuset社*1)にお願いした。工事は2006年8月から始まり、現場確認のために設計者は2006年10月に再渡欧。その後も施工会社とはメールにてやり取りを重ねていった。
今回の設計では日本人の奥さんとデンマーク人で親日家の旦那さんの希望で当初より畳の空間を設けることになっていた。また設計者自身のデンマークでの生活経験から、日本人である奥さんの異国で暮らすストレスをいかにして軽減させるかに重点を置き、『くつろぎ』をテーマに「バスタブ」「寝転がれる和室」、そして癒しとなる「日本庭園」「明るい窓を持つ部屋」を設ける提案を行った。
プランにおいては環境の違いからリビングは一日の中で最も多く日が差し込む西側に設置。奥さんの要望でキッチンの隣には冷凍庫などを設置したり食料などを保管する収納室を配置した。さらに住宅の配置に関して、敷地の北側が国定公園となり今後も建物等が建てられることのないことから、住宅を敷地の南東部に縦長に配置し庭の空間をより広く見せるようにした。
デンマークで住宅を設計する場合、その地域に定められたLokalplanという条例があり、これに沿わなければならない。
ちなみにこのLokalplanは現地語であるデンマーク語で書かれているため設計を行うにはデンマーク語の理解が必要となるが、設計者はデンマーク語の資格を有しているために翻訳者を介すことなく計画を進めることが出来た。
今回の敷地にはLokalplanにより多くの規制が設けられており、とりわけ特徴的なのは、壁はレンガ造で色は赤、屋根は切り妻で角度は25〜50度、赤の屋根瓦、軒の出は60cm以内、平屋のみで2階建ては不可など、他の地域に比べると厳しい条件が課せられていた。
ただしこれらは外部に限ったものであり、内部に関しては特に規制は設けられていない。ただこのような外観が限定されてしまう中で、施主からは周囲の家とは同じにしたくないという要望があり、変化を持たせることが非常に難しかった。
だが最終的には南面に設けた和室の丸窓が外部から見た時にこの家の大きな特徴となっており、近隣からもこの家は「丸窓の家」と呼ばれている。
さらに工法においては日本のように地震がないため、レンガを積み上げただけの組積構造となっている。
最近のデンマークの住宅では安価で早いパネル工法が一般となっているが、施工したHammerhuset社はひとつひとつレンガを積み上げていく伝統的な施工方法で行っていった。
計画地の様子:2006年 3月
- △ 西Ringsted開発計画(計画敷地は2B2の区域)
計画敷地一帯は以前は軍用地だった。
Ringsted[リングステッド]は首都のコペンハーゲンから高速道路も整備されており車では約30分、また急行列車も停まり電車で約40分の立地にある。そのため都市郊外の庭付き戸建住宅の候補地のひとつとなり、この時期に宅地開発が盛んになった。計画地もそのうちのひとつで、施主夫婦が応募に当選して購入した。
施工現場の様子:2006年10月
現場の確認と和室搬入及び組み立ての打ち合わせのため、2006年10月に渡欧。
和室について
- △ 組み立て式和室ユニット 1/10模型
- △ プレカット工場の様子(日本)
- △ 小島材木店へ搬入された部材(日本)
- △ 貨物の現場到着の様子(デンマーク)
- △ 220V対応コタツユニット(中国より輸入)
当設計における最大の特徴は、住宅の中に設けられた四畳半の広さの和室である。
この和室に関しては実際に現地で和室を持つ建物などを訪問し、いろいろと検討をした結果、デンマーク国内で製作するよりも日本から輸出をすることが適切であると判断した。
現在デンマークにいくつか存在する和風空間は、デンマーク人所有者が見よう見真似で製作したものがほとんどであり、よく出来てはいるが日本人から見るとどうしても違和感を覚えてしまう部分が多々ある。
その理由としてはやはり素材の入手が困難であることや、デンマークの職人が和室や建具の製作に精通していないといったことなどがあげられる。
デンマークには日本での修行経験を持つデンマーク人の大工もいるが、現場から離れた地域に住んでいるため今回の案件を依頼するにはコストの面で問題があった。
本来和室は現場にて大工が製作するものであるが、上記のような理由から今回のケースに合わせて設計者が組み立て式の和室ユニットを考案し、日本で製作してデンマークへ輸送し、自ら組立てるといった提案を行った。
そこでまずは組立て式の10分の1サイズ模型を製作。その後少しでも愛着を深めるために和室は施主の奥さん(神奈川県寒川町出身)の故郷に近い神奈川県茅ケ崎市から輸送したいと考え、知人の紹介で茅ヶ崎市内にある小島材木店に話を持ち込み、製作を依頼した。
一方で現場の窓の位置や天井の高さなどを和室ユニットに合わせるためにHammarhuset社とはメールにて図面のやり取りなどを密に進めていった。
しかし2006年10月に設計者が現場を訪れた際には、図面とは異なった寸法で施工していることが発覚し、結局は和室ユニットの方の変更を余儀なくされているといったトラブルも起きている。
ユニットの核となる木材は静岡県浜松市にあるプレカット工場で加工され、その後神奈川県茅ヶ崎市の小島材木店へと運ばれた。
また畳や障子は本来完成した和室に合わせて後から製作するものではあるが、今回は予算の関係で輸送を1度で済ませるために予め和室ユニットに合わせたものを日本で製作し、木材などと共に輸出して、現場で調整を行って取り付けている。
海外輸送に関しては藤森氏が帰国の引っ越し時に利用した経験のある阪急交通社を利用。輸送手続きは個人ではなく法人格を持つ設計者の知人の会社に代行していただいた。
またデンマークへの輸入規制や法規等に関してJETRO(日本貿易振興機構)コペンハーゲン事務所より数々のアドバイスをいただいた。
この輸出計画に関しては、まず2006年4月に設計者より阪急交通社に内容を相談した。しかしデンマークでの木材輸入に関する規制がわからないと引き受けることが出来ないという回答から、それら規制に関して設計者が個人的に繋がりのあったJETROコペンハーゲン事務所へ相談を持ち込んだ。
JETROからは木材に関する規制だけではなく、図面や模型写真を現地担当局に問い合わせしていただき、その結果輸入に関しては問題がないとの確証が得られたため、阪急交通社による輸送が確定した。
またJETROでは壁材に使用する珪藻土についても調べていただき、製品に内容物を証明出来る化学式を記載した書類を添付するようアドバイスをいただいた。
結果として和室に関する全ての材料に関してデンマークへの輸入が可能であることがわかった。
日本からの荷物(総重量は約1.15t)は2006年11月13日に茅ヶ崎市より発送。梱包を経て同月24日に日本を出航し、翌12月31日にコペンハーゲン港に到着した。
この海上輸送では製品へのダメージを避けるために畳や障子を別梱包としたり、湿気などによるカビの発生防止のために通常梱包とは違った真空梱包を利用している。
その後港での検査を経て2007年1月22日に現場へと到着した。
ちなみに関税については発生しなかったものの、内容物の全てに現地でのVAT(付加価値税25%)が発生している。そのため見えない部分の根太や間柱、壁板などの木材は荷物に含めず、現地にて購入した。
また「くつろぎ」という設計コンセプトから和室にはコタツを設置することを提案し、家具調コタツも同時に日本より輸送した。
ただし日本とデンマークとの電圧の違いから、220V対応のコタツユニットを中国より見つけ出して日本に輸入し、それをさらにデンマークへと運んで取り付けた。
デンマークにおいて個人の住宅に設けられた純粋な和室としてはおそらくこれが初の試みである。
新築という条件が可能とさせた今回の試みではあるが、このように日本から輸送してデンマークにて製作するという和室ユニットの製作は可能であることが証明された。
ちなみに和室の総費用であるが、当初は輸送費を含めて100万円を想定していたが、結果として130万円ほどかかっている。
ただしこれには制作や輸送手続きによる人件費等は含まれていないため、実際に同じようなものをEU圏内にて展開する際にはその倍以上のコストがかかるものと推定される。
和室ユニットの組立てについて
- △ 和室ユニット平面図
- △ 和室ユニット断面図
和室の組み立ては設計者が現地へ赴き、荷下ろしを含めて2007年1月21日〜2月18日の28日間で行った。
人件費の削減のため、そのほとんどを設計者による手作業で行い、週6日で午前8時から午後6時までの作業体制で行った。
当初は3週間での完成を予定していたが、現場にいるはずの大工が他の現場工事と重なり不在だったため、思うような電動工具(電動ノコギリ等)を使用出来なかったこと、また日本に比べて木材の規格が異なり、現地調達を予定していた材料に関して思うようなサイズのものを手に入れられなかったことなど、いくつかのトラブルが重なり完成までに4週間の日程を要した。
和室制作(制作日数24日)
- ■ 和室ユニット組立ての主な流れ
- △ 1.基礎を組む △ 2.ほぞを合わせてユニットを組む
- △ 3.ボルトで固定してユニット完成 △ 4.基礎に溝を彫り込む
- △ 5.根太を敷きつめる △ 6.敷居を取り付ける
- △ 7.梁や柱間に間柱を取り付ける △ 8.鴨居を取り付ける
- △ 9.壁を取り付ける △ 10.天井を貼る
- △ 11.根太の上に床板を敷く △ 12.壁に珪藻土を塗る
- △ 13.障子を加工する △ 14.畳を敷いて調節する
- △ 15.障子を取り付けて調節する △ 16.暖卓を置いて完成
現場にはまだ照明がついていなく、16時には陽が暮れるため、その後の作業は屋外照明を室内に持ち込んで作業を行った。
ただしすでに床暖房は効いていたため、寒さによる作業への影響はなかった。
基本は服装から。
衣類や装備、道具類はすべて日本から輸出。特に日本のノコギリには現地の大工もかなりの興味を示していた。
日本庭園の造園について
- △ 縁側作り △ 縁側の設置
- △ 恋愛成就の『恋人岩』 △ 家内安全の『家族岩』
- △ 杭を立てるのに掘った1.5mの穴 △ 設置された杭
- △ 竹垣 △ 石を並べる
- △ 白石を敷き詰める △ Beni-maiko
- △ 日本庭園の完成 △ 和室からの眺め
日本庭園は和室の横に和室とほぼ同じ大きさで設ける事を提案した。
造園は2007年9月3日〜10月3日の滞在中に行った。造園に関しても庭師を雇わず、デンマークの一般家庭と同様に設計士と施主夫婦とで行った。
デンマークでは庭作りは家主が自身で作庭するのが一般である。
庭園に関しては当初から枯山水式の庭を提案しており、施主もそれを望んでいた。岩に関しては住宅地の裏地にある国立公園の工事現場からいただいてきた。また敷地内に落ちている岩も利用した。
縁側は地面からの高さが腰掛けられるよう、あらかじめ和室の床面と揃えて設計している。
竹垣は現地で市販されているものをシーズンオフになる時期を見計らって渡欧し購入した。植栽のシダ、ツゲ、モミジは現地の植木屋で購入した。